二〇二二年十月。

岡山県吉備高原にある上田牧場。

この小さな牧場では、甘くてコクのある香り高いミルクから生まれる、

ひとつひとつ心をこめたチーズが作られていた。

 

岡山の観光連盟で働く山本一は、牧場主・上田作造の取材で上田牧場にやってきた。

しかし「不幸体質」の山本の取材は上手く進まず、

取材日を一ヶ月間違える、携帯電話をなくす、山道を転げ落ち捻挫をするというありさま。

だが、そんな不幸を笑い飛ばしてくれる、上田家と地元の人間たちに受け入れられる山本だった。

何とか無事に取材を終え、日帰り予定だった山本は、招待された夕飯の席で勧められた酒のせいで終電に乗り損なう。

「元気?お父さん」

皆が寝静まった頃、突然、作造に声をかけられる山本。

 

山本は三十年前、作造とこの牧場を一緒に作った男の息子だった。

当時、上田家と山本家は共に暮らし、共に働いていた。

しかし、いつしか経営方針の食い違いで、山本家はこの牧場を出て行き、新潟で生産性の高い

酪農経営を展開。山本牧場は大量生産が出来る企業となった。

 

父のやり方に違和感を感じていた山本は牧場を継ぐことはなく、職を転々とする人生を送っていたが、

ずっと忘れられなかった岡山で働き始めた。

「僕は確実に大事な何かを忘れていた。それを取り戻したかったんです」

自分たちを恨んでいると思っていた作造に、意を決して会いにやって来た山本。

「俺は家族経営に拘った。君のお父さんは産業化に拘った。でもお互い美味しいチーズで

家族を幸せにしたかった。その出口が違っただけだった。ただそれだけよ」

山本は、自分の想像とまるで違っていた全てのことに救われる。

「自分の想像力なんて大したもんじゃないから。やっぱり行かなくちゃ、

会わなくちゃ分かんないんだよ」

 

そして山本は取り戻す。

「今日、ここに来て分かりました‥忘れてたこと」  【人も自然も温かい】

 

「また来いよ、はじめ」

「はじめ、またね」

「はじめさん、待ってるよ」

「行ってらっしゃ〜い!」

山本は叫ぶ。晴れの国の空に向かって。

 

バッキャローと。

 

バッキャロシリーズ第9弾前編「草バカ」より

 

草のバッキャロー あらすじ